2年生時代 その⑪ 群読

 学校では全く声が出ない。家にクラスの友達が遊びに来たのは3回程、その時は家でも声は出さない。外で知り合いに会った時にも、笑顔は見せるものの声は出さない。結局2年生も、「喋れない」まま終わってしまいました。
 
…と、こんなまとめ方で2年生の一年間を振り返ることも出来ます。「子リスは学校で普通に喋れるようになったのか」という観点だけで見れば、そういう総括になるのです。でも同じ一年間を、顕微鏡を覗くように見てみると、実はいろいろな変化や成長があったことに気付きます。たまに会って「まだ喋れないんだね」という人には「いやいや、そんなもんじゃあないんですよ…。」と心の中で反論したものでしたが、私自身、小さな変化に目を向けるという姿勢は、子リスが1年生の時に、市の相談員のUさんから、「スモール・ステップ」という考えを一番大切なことの一つとして教えていただいたからこそ持てるようになったものだと思います。
 3学期最後の授業参観でのことです。
その日の参観は国語の授業で、最後にクラス全員での、教科書の群読がありました。子ども達が教室の黒板の前に全員並んで保護者の方を向き、詩を読みました。
 それまでは、国語の教科書を読むにしても、歌を歌うにしても、何かクラス全員でやることがあれば、下を向いてきゅっと口を閉じ、小さくなって固まっているだけでした。そんな時、ひたすら「早く終われ~」と思っているであろう子リスの気持ちがこちらにも移って来て、私にとっても、クラスのみんなの「元気な」声がものすごく威圧的に聞こえてきたのを覚えています。

 (ところで教室内には、声の大きさの目安を示す「声のものさし」というポスターが貼ってありました。「となりの人に聞こえる声」→「グループの人に聞こえる声」→「教室全体に聞こえる声」→「全校に聞こえる声」と、「声のレベル」が絵を使って示してあり、場面によって適した大きさの声で話しましょう、ということを教えるものになっていました。授業中に大声を出したりしないように、また、発言する時にはみんなに聞こえるように、といった、大事なことを子どもに分かり易く示したポスターであることは、その時にもわかりはしたのですが、当時はそれを目にする度に、ドキッとして密かに傷ついていたものでした。このポスターを見て子リスはどう思っているのだろう、と考えたり、先生が他の生徒達に「もっと大きな声で」と注意するのを聞く度に、「子リスはどういう思いで聞いているのだろう」とドキドキしたり… 焦らないと決めたはずでも、その頃の私はかなり過敏になっていたんだなあ、と思います。)

 さて群読が始まって、子リスはどうするのかと見ていると…なんと口を動かしています!声が出ていないことは見ただけでもわかるし、やっぱり相当居心地が悪そうにはしていますが、でもとにかく、みんなと一緒に口を動かしているのです。これは、子リスにとっては大きな、大きな進歩です。
すごい!と驚き、涙が出てきました。そしてその時に初めて思ったのが…
 子リスのおかげで、ひとつひとつのことにこうやって喜んだり、感激したりすることが出来る。もともと出来る子にとっては一段であることが、子リスにとっては何段にもに区切られているので、(つまり“スモール・ステップ”)その度に達成感を味わうことが出来る。これは、嬉しいことが何倍も多い「お得な学校生活」かもしれない!ということでした。
 そしてその思いは、小学校卒業までずっと続き、本当に喜びの数の多い6年間になりました。勿論、その裏には、それ以上の心配や不安の数があったことは言うまでもありませんが、それでも、小さなステップを上る度に感じた喜びは、紛れもなく子リスからもらったプレゼントだと思っています。

2年生での一年間が終わってみて、
 学校で、友達の問いかけに頷いたり首を横に振ったりすることを、笑顔で出来た。友達が家に来た時、嬉しそうだった。夫や私の兄弟などとは、声を出して話すことが出来るようになった。そして、群読で口を動かすことが出来るようになった。目に見えるだけでも、これぐらいの進歩がありました。子リスなりに、小さなステップを上っていたのです。
 そして、それらの変化が表に表れるまでには、おそらく子リスの中で、いろいろな葛藤(まだ小さいので無意識のことも多いでしょうが)があったり、困ったり傷ついたり、楽しかったり嬉しかったり…という心の経験を通して、どんどん変化していく過程があったのだろうと思います。外からでは全く進歩がなく、足踏みをしているように見える時にも、実は細胞分裂のようなミクロのレベルでの変化がたえず起こっているんだろうな…と考えると、子どもというものが、とても素晴らしく、頼もしい生き物に思えてきます。(大人も、と思います…)

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